斉藤由貴の両親って、どんな人?職人気質の父と自由な母を調査

こんにちは、はたはたです😊
最近また昭和アイドルを調べるのにハマっていて、今日は斉藤由貴さんのご両親について書いていこうと思います。
「夢の中へ」や「悲しみよこんにちは」など、80年代に一世を風靡した斉藤由貴さん。
あの独特の雰囲気って、いったいどこから来るんだろう?って前から気になっていたんです。
調べてみたら、ご両親のエピソードがとっても興味深くて。
斉藤由貴 両親

斉藤由貴さんの両親に関して、調べました。
両親が職人として黙々と働く姿を見て育ったことが、芸能界に入ってからの心構えにつながったそうです。
それではみていきましょう。
父親・斉藤勉さん
斉藤由貴さんの父親は、斉藤勉(つとむ)さんです。
もともとは仙台市のご出身で、デザイン学校で学んだ家具職人だったそうです。
でも結婚後、妻(淳さん)の実家の家業だった「水島帯裁縫店」——着物の帯を仕立てる職人の仕事——を継ぎ、そちらの道へ転向。
自宅の1階が仕事場になっていて、繁盛していた時期には、弟子を何人も抱えるほどだったとか。
由貴さん自身が語っているのですが、父・勉さんは礼儀作法や言葉遣いに対して非常に厳しい人だったそうです。
家庭では「恐怖の塊」のような存在だったと表現しています😅
廊下の壁には家訓や仕事のルールが貼り出され、子どもたちには日常的に丁寧語を使わせ、ピアノや水泳の練習、家事まで厳しく管理されていたとのこと。
これ、現代の子育て論から見るとなかなかハードな環境ですよね。
でも、元編集者の目線からすると——「徹底された言語教育」と「職人的な反復練習の習慣」って、表現力や繊細さの土台になりうると思うんです。
由貴さんの、あの柔らかくも芯のある佇まいは、案外この厳しい父親の影響が大きいのかもしれない、なんて考えてしまいました。
母親・斉藤淳さん
斉藤由貴さんの母親は、淳(じゅん)さんです。
淳さんの両親——つまり由貴さんにとっての母方の祖父母にあたる水島吉男さん夫妻——は、ともに聴覚障害(聾唖)をお持ちの方でした。
淳さんはその次女として生まれ育ち、結婚後は夫・勉さんとともに帯裁縫店の仕事に携わっていたそうです。
由貴さんによると、母・淳さんは父親とは対照的に「娘を束縛しない」方針の人だったとのこと。
父が「管理・規律」なら、母は「自由・信頼」。この対極的な二人の親のもとで育ったというのが、なんともおもしろいな、と思って。
私も子どもを育てていて感じるんですが、「厳しさ」と「自由」のバランスって、本当に難しい。
でも斉藤家では、それがある意味自然に両立していたのかもしれません。
兄弟は?
斉藤由貴さんは、6人家族で育ちました。
父母+姉・兄・由貴さん・弟という家族構成です。
出身は横浜市南区で、神奈川区白楽の産院で生まれたとされています。
弟さんは俳優の斉藤隆治さん🎬。
芸能界に入った兄妹ということで、家庭の雰囲気も影響しているのかもしれませんね。
また姉は成績優秀でモテモテだったそうで、由貴さんはそれがちょっとしたコンプレックスになっていたとか。
そのせいか子どもの頃は引っ込み思案で、鏡の中の自分に話しかけていたというエピソードも残っています。
なんかすごくリアルで、親近感が湧きますよね😌
ちなみにその姉の娘さんが、現在声優・歌手として活動する芹澤優さん。斉藤由貴さんの姪っ子にあたります。
斉藤由貴 両親 まとめ
まとめると、斉藤由貴さんの両親は——
✅ 父・斉藤勉さん:仙台出身の元家具職人→帯仕立て職人に転向。礼儀・言葉遣いに厳格な「職人気質」の父。
✅ 母・斉藤淳さん:聴覚障害の両親を持ち、自らも帯裁縫の仕事に携わる。子どもを束縛しない自由な母。
この二人のコントラストが、あの独特の斉藤由貴という存在を作り上げたのかな、と思います。
「厳しさ」と「自由」、「職人の規律」と「感性の解放」。
うまくできすぎた話みたいだけど、実際の家庭ってこうした複雑な要素が絡み合っているものですよね。
最後まで読んでくださってありがとうございました。





ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません